私が語りはじめた彼は

三浦しをん著。つながりのある短編集というか、章ごとに視点が変わる長編というか。離婚して不倫相手と結婚した大学教授の周囲の人々によって語られる彼。あるいは何も語られない彼。
解説にあるように文体が特徴的で、詩的。なんでもない描写のセンスが琴線に触れる。
結晶:彼の大学の助手が、彼の妻に怪文書を問い合わせる。妻は夫の裏切りに対して、自分の心を結晶のように永遠に閉じ込める生き方を選ぶ。
残骸:良家の娘を妻にした男。妻は彼と不倫の関係になるが、それを知った男は周囲がどれだけ変わり傷つこうとも、その残骸を淡々と集めようと決める。
予言:終末世界への予言を夢想する彼の息子。その世界は彼が家を出て行くことで崩壊し、二度と触れることのない損なわれないところで眠りにつく。
水葬:彼の再婚相手の娘。新しい家庭に馴染めず、母親の猜疑心に過敏になり過ぎて、殺されると信じ込む。その息苦しさから自ら海に入って自殺する。
冷血:彼の離婚相手の娘の婚約者。他人の愛人を激しく愛したという過去を、冷静に長い時間をかけて、消しながら覚えていこうとする。
家路:彼の大学の助手は、彼の死を知る。不妊が影響して距離ができた妻のもとに、家路を忘れた老人を記録する高校生が現れる。彼の亡骸から愛の哀れさを悟り、互いに理解される関係を築こうとする。
こうしてまとめてみると、なんか似てる。「淡々と」とか「眠り」とか「永遠に」とか。みんなどこか諦観を持って、「彼」と違う次元で生きて行こうとしている。

私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

私が語りはじめた彼は (新潮文庫)